
気負わない、普通の声かけが交わされる街をつくる
「こんにちは」「こんばんは」-
「子どもに何か声をかけよう」と思ってはいても、「何てかければいいんだろう」「悩んでいるなら、何かアドバイスしてあげたい」と、つい気持ちに力が入ってしまうことはないだろうか。けれど、そうした周囲の気負いは意外と子どもにも伝わり、かえって距離を遠ざけてしまうこともある。
埼玉県熊谷市の「熊谷こどもまんなかネットワーク」は、市内の全小学校区で、子どもたちが歩いて行ける場所にこども食堂を設けるなど、地域ぐるみで子どもの居場所づくりを進めている。その統括ディレクターを務める加賀崎勝弘さんが大切にしているのは、誰に対しても分け隔てなく接し、「普通」でいること。食堂に来た子どもたちに、いつものように「こんにちは」と迎え、あとは見守る。そんな自然な居場所をつくっている加賀崎さんに話を伺った。
「夏休み明け、げっそり痩せて登校する子どもがいる」「特別扱い」よりも「紛れ込ませる」空間づくり
ー 熊谷のこども食堂が地域一体となって取り組んでいる「熊谷こどもまんなかネットワーク」、そしてご自身でもこども食堂を何店舗か運営されていますが、始められたきっかけは何でしょうか。
きっかけは、「夏休み明けになると、げっそり痩せて登校してくる子がいる」という話を聞いたことでした。この豊かな現代の社会で、学校給食以外に満足な食事をとれない子どもたちが本当にいる。その現実に強い衝撃を受け、飲食店として知らん顔はできないと思ったのが始まりでした。
ただ、実際に活動を始めてみて気づいたのは、子どもたちは、周囲から「かわいそうな子」とみられることにとても敏感になっているということでした。こども食堂が「貧困で困っている子どもが支援を求める場所」と思われたら、本当に支援が必要な「黄色信号」や「赤信号」の家庭ほど、周囲の目を気にして足を運べなくなってしまいます。「楽しくて、おいしい食事ができる場所だから行く」。そう言える空気感をつくることを目指しました。
例えば、私の会社が運営するお店では、「こども食堂」開催の日であっても、一般のお客様や近所の親子連れ、お年寄りまで多様な人たちが来店します。メニューを見ても、店内を見渡しても、誰がこども食堂の利用で、誰がそうではないのかはわかりません。また、あまりに楽しい感じを出し過ぎてしまっても、それはまた敷居が高くなってしまう。熊谷こどもまんなかネットワークでは、多くの飲食店に協力いただき、それぞれの特色で利用者に選んでもらえるようにしました。黙って食事だけとりたい人もいれば、家に持ちかえりたい人もいる。ちょっとだけしゃべりたい子もいますから。
ー 利用してくれるお子さん、ご家族に対して何か気を付けていることはありますか?
大人の「やる気」や「親切心」が過剰になってしまわないことだと思います。
私のお店に、親御さんなしで子どもたちだけでやってくるケースがあります。スタッフからすれば、「よく来てくれた!」「なんとかしてあげたい」と力が入ってしまう瞬間です。特に、会話が苦手でポツンとしている子を見ると、ついつい寄っていきたくなります。でも、それがよくないですね(笑)
子どもは、大人が思っている以上に繊細で、大人の観察眼や空気感を鋭く察知します。親の顔色を日常的にうかがいながら生きている子なら、なおさらです。大人が張り切って過剰に接してくると、その熱量にむしろ引いてしまう。結果として、居づらさを感じ、来なくなってしまうこともあります。

私自身も失敗したことがあります。ぽつんと一人でいた子に対して、よかれと思ってあれこれと世話を焼きすぎてしまいました。すると、その子はしばらくこども食堂に来なくなってしまったのです。あの時構いすぎたな、と反省しつつ、数か月後、その子はまた来てくれました。そしてその時はあえて特別扱いをせず、静かに見守ることにしました。すると、その子は自分のペースで少しずつ周囲とも溶け込んでいき、その後はまた通ってくれるようになりました。
子どもの成長や心を開くペースは、一人ひとり違いますから、大人は焦って距離を詰めようとせず、いつものトーンで「こんばんは」と声をかけたら、あとは見守る。過剰な関わりを捨て、大人も子どもも、常連さんも初めての人も、全員に対して「普通」に接すること。どんな環境の子どもに対しても、構えない。訪れる人すべてに対して「普通」に接する。そして何より、その場がウェルカムな空気感に満たされていることが大事だと思っています。
一方で、必要に応じて様子を確認できるよう、利用する子の名前や住所も把握しています 。複数回通ってもらえると、その子の様子の変化はなんとなく感じ取れるようになります。あるこども食堂では、「最近来てないな」と思って連絡すると、実は病気になっていたり、親御さんが職を失っていたりします。利用が少なくなるということは、家庭の状況が悪くなっているサインであることも多いです。普段は「普通」に接して目立たせないようにしつつ、裏側では来なくなった子には気づいて動く。この両方があって、初めて安心して来られる場所になると思っています。
「自分の願いが叶った」時の子どもの嬉しそうな表情1年半越しの生ハムが与えた満足感
ー 印象に残っているエピソードはありますか。
これは少し特別な話ですが、うれしかったことがあります。
弊社が運営するこども食堂では、子どもたちに食べたいものを聞いているのですが、ある小学生の女の子が毎回「生ハム」と書いていました。その希望は1年半ほど変わりませんでした。
ある時、地域の方々から寄せられた店内にあるこども食堂用の募金で生ハムの塊を購入し、子どもたちの前で切り分けて提供しました。1年半以上「生ハムが食べたい」と書き続けていたその子は、とても嬉しそうで、アンケートに「願いがかなった」と書いてくれました。
生ハムを食べられたことだけではなく、「自分の言葉を本気で聞いてもらえた」「願いは叶う」。そんな実感につながる体験になったのではないかと思っています。
毎回の会話は、仕込みや接客をしながらのほんの一言、数秒程度のやり取りですが、そのわずかな時間の中で、「今日も来てくれたね!」「ありがとう!」「おいしかった?」と他愛ない会話をする。その積み重ねがあるからこそ、徐々にいろんな話をしてくれるようになります。実際、しばらく通ううちに「実は……」と悩みや困りごとを打ち明けてくれるようなケースもありました。
大事なのは特別な一言よりも、まず何気ない普通の会話を続けることだと思っています。
子どもたちへのかかわりを継続する重要さ継続できる仕組みをつくる、地域一体となったセーフティネット
熊谷では、飲食店だけでなく地域の企業も活動に参加しています。地元企業の協力で、活動や加盟店を紹介する熊谷市内の全戸に配布しているフリーペーパー内で特集を組んで頂いています。
私たちが目指しているのは、一部の支援者だけが子どもを支えることではありません。「いろんなこども食堂があり、それぞれが、子どもたちを見守っている」「この街には子どもを気にかけている大人がいる」。そんなことを地域の誰もが知り、子どもたちに自然と声をかけられる空気をつくることが大切だと考えています。
その形はこども食堂に限る必要はありません。誰かを支援しようと構えるのではなく、日常の中に人と人がつながる小さな接点をつくること。その積み重ねが、自然な声かけや見守りにつながるのだと思います。
さらに、一年に一度のイベントではなく、365日のうち365日、子どもたちを見守る地域のインフラとして、こども食堂も企業も一般の方々も、子どもと関わっていく。そのためには支援する側の大人が疲弊してないことも大事です。無理をして与え続けるのではなく、地域の中で役割を分担しながら「明るく、楽しく、元気に。」続けていくことが継続性につながります。
地域全体に広がる「声をかけてもいいんだ」という空気感。そんな地域ぐるみの網の目(セーフティネット)を、これからも広げていきたいです。

熊谷こどもまんなかネットワーク
熊谷市の全28小学校区でこども食堂を開催。子どもたちが自立するために必要な環境づくりを目指し、フードパントリーや学習支援など多様な活動を通じて、地域の子どもたちを支えている。
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